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みと好文カレッジの概要

ページID:[[open_page_id]] 更新日:2022年8月1日更新 印刷ページ表示

みと好文カレッジについて

 みと好文カレッジは、水戸市生涯学習推進基本計画に基づき、全市的な生涯学習を推進する中核施設として、平成6年4月に水戸市梅香1丁目地内に誕生しました。現在は、水戸市総合教育研究所内に活動の場を移し、市民の皆様の生涯学習を支援しています。
 みと好文カレッジ跡地の一角は、市指定史跡「藤田東湖生誕の地」となっています。
 これは、昭和26年に藤田武雄氏より水戸市に寄贈されたもので、「生誕の地石碑」と「藤田東湖像」、「産湯の井戸跡」を見ることができます。
みと好文カレッジについての画像

「好文」の由来 ~学問を好む梅の木~

 みと好文カレッジの「好文」は、梅の木の異名「好文木」からきています。
 梅の異名には、「初名草(はつなぐさ)」「春告草(はるつげぐさ)」等、様々なものがありますが、「好文木」は水戸藩第9代藩主徳川斉昭公が好んで使っていたと言われています。
 中国の故事によれば、「梅は、学問に親しむと花が開き、親しまないと花が咲かない」とされています。みと好文カレッジの「好文」には、この故事にちなんで、だれもが学問に親しみ、生涯学習を実践できるように、との願いが込められています。
「好文」の由来の画像
※景山は斉昭の号

「藤田東湖」について

 幕末を代表する水戸学の学者です。著書『弘道館記述義』は、水戸学の名声を全国に広めました。彰考館の総裁であった父・幽谷のもとで学び、水戸藩第9代藩主徳川斉昭公の右腕として、藩内改革に尽力、弘道館の創設に貢献しました。
藤田東湖肖像の画像
「藤田東湖肖像」(大洗町幕末と明治の博物館蔵)