本文
日本オセロ連盟元会長である長谷川五郎氏の言葉を以下に引用します。
「オセロの原形は、1945年9月に茨城県水戸市で生まれました。
その少し前の8月1日夜から8月2日未明にかけて、水戸はB29(アメリカの大型爆撃機)による大空襲を受け、何万発の焼夷弾を落されて焦土と化していました。続いて8月6日には広島に新型爆弾が投下され、8月9日にも長崎に新型爆弾(それが原子爆弾とわかったのは後のこと)が落ち、8月15日には終戦。
私(長谷川五郎)の家も、私の通う水戸中学校(現水戸一高)も、全部燃えて灰になりました。1945年9月からは土手に腰をおろして土手の下に一つだけ黒板をおいて青空授業が再開されました。オセロの原形はそういう環境の下に生れました。」
長谷川五郎さん(1932-2016年)
○茨城県水戸市出身
●ボードゲーム研究家、開発者
○オセロ名誉十段
●日本オセロ連盟元会長
○水戸市文化栄誉賞受賞(2009年)
【引用元】
日本オセロ連盟ホームページ
オセロの歴史はこちらから
https://www.othello.gr.jp/r_info/history/
オセロという名前は、シェイクスピアの四大悲劇のひとつ「オセロ」が由来です。黒人の将軍・オセロと白人の妻・デズデモーナを中心に、敵味方がめまぐるしく寝返るというストーリーに、黒白の石がひっくり返りながら形勢が次々変わっていくゲーム性をなぞらえて命名されました。緑の盤面は、戯曲「オセロ」の戦いの舞台、緑の平原をイメージしてつくられたと言われます。なお、名付け親は、長谷川五郎さんの父で、茨城大学名誉教授でイギリス文学者だった長谷川四郎(はせがわしろう)さんです。
【参考】
※長谷川五郎『オセロゲームの歴史』、2011年7月、株式会社河出書房新社
※株式会社メガハウス、オセロ誕生の秘密、https://www.megahouse.co.jp/othello/history/
囲碁の石を使ってオセロの原型が生まれたあと、長谷川五郎さんは飲んだ牛乳ビンのフタを利用して、オセロの石を作りました。今の学校給食は牛乳パックになっていますが、当時は牛乳といえばビンであり、フタはプラスチックではなく紙でした。
牛乳ビンのフタとオセロの石を比べると、サイズがぴったり合います。
合わせるとぴったり!
1…最初に置く4つの石は、自分から見て、右上が●黒の石。
2…先攻(先に打つ人)は、●黒の石。
3…縦、横、ナナメはさんだら全部返せる。返し忘れに気を付けて!
4…パスは、置くところがない時しかできない。
5…石を数える時は、石を動かさないで数えること。
6…石が多い方が勝ち!
水戸市役所本庁舎1階南側テラスに、大盤オセロを3台(8×8、6×6、4×4マス盤)設置しています。
どなたでも自由に触れることができますので、ご家族やお友だちと楽しんでみてください。
※盤の内部には抗菌シートが施されており、オセロの球が回転すると消毒される仕組みになっています。
大盤オセロの詳細はこちら
水戸市では、水戸市長杯小学生オセロ選手権をはじめ、イベントでのオセロブース出展やオセロ講座などを開催しています。
オセロの大会やイベント情報はこちら
(令和4年11月開催水戸市オセロデー2022)