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家族のような居場所へ。ひとりの大学生から始まった挑戦

印刷ページ表示を表示する 掲載日:2026年8月17日更新

ヘッダー画像_高塚美羽さん

自由室みちの 高塚 美羽さん

ある平日の夕暮れ時。
末広町2丁目にある、古い建物に灯りがともっていました。

かつて材木店として使われていたその場所には、こう掲げられていました。 

「自由室みちの」

誘われるように中をのぞくと、何やら若者たちの楽しそうな声が聞こえてきます。

高塚美羽さん画像_1

あの時欲しかった、世代を越えた居場所

名前の通り、ここは自習室ではなく「自由室」です。イメージは自習室なのですが、壁が仕切られていて、自分のスペースで黙々と勉強するような、一般的な自習室とは違うスタイルで運営しています。

出迎えてくれたのは、「自由室みちの」の代表を務める高塚美羽さん。茨城大学に通う学生です。
大学生である高塚さんが、なぜこの場を運営するに至ったのか。今回はその思いにせまります。

高塚美羽さん画像_2

私も高校生まで、従来からある自習室の使い方をしてきたのですが、わからない問題にぶつかった時に、周りに頼れる人がいなくて。そのストレスが結構大きく、勉強に対して苦行のようなイメージを持ってしまったんです。そういう時に、勉強のことはもちろん、「学校や自分の進路などをフランクに話せるお兄さんやお姉さんがいればいいな」って何度思ったことか。せっかく今私が大学生という立場にあるので、「自分もあの時欲しかった理想の場をつくってみたい」そう考えたのがきっかけです。

この日、小学生や中学生など数名が「自由室みちの」を利用していました。高塚さんの思いは、少しずつ形になってきています。ではなぜ、この地域で活動することになったのでしょうか。

高塚美羽さん画像_3

地域の宝に、新たな人の流れを

もともと教育分野に興味があり、大学に入ってからも何かできないかと考えながら生活していました。ある時、この地域の商工会の方とお話しする機会があり、「周辺の空き家問題をどうにかしたい」「もっと学生でにぎわう通りにしたい」という話を伺いました。そこで、「専門性が必要な塾をつくることはできないけど、大学生が子どもたちを見守る環境ならつくれるんじゃないか」と考えたんです。

地域課題と自身のやりたいことを掛け合わせ、価値を見出した高塚さん。大学の授業としてではなく、一人の大学生として動き出します。

材木店だったこの場所は、10年以上空き家になっていました。今回、大家さんや商工会の方と相談の上で活用が決まったのですが、空き家にしておくのは本当にもったいないくらい立派な建物なんですよ。

高塚美羽さん画像_4

商人街として栄えたこの地域には、今も当時の面影を残す建物があります。
大正時代からあるというこの場所も、その一つ。 
黒電話や柱時計のほか、当時を思わせる印象深い家具が多く残されています。

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材木店ということもあり、質の良い木をたくさん使っているんですよね。そういう部分を残せれば、温かみのあるスペースをつくれるんじゃないかと思いました。とはいえ、内装をそのまま使えるわけではなかったので、セルフリノベーションをすることにしたんです。

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事業計画だけでなく、リノベーションも自ら手がけるという行動力の高さ。
しかし、その道のりは決して順風満帆ではありませんでした。 

資金調達のためにクラウドファンディングを実施したのですが、「このプロジェクトをいかに信頼してもらうか、共感を引き出せるか」、そこを考えるのが難しかったですね。いち学生という、社会的責任やバックボーンがない立場なので、プロジェクトに対する思いを言語化し、共感してもらうことがまずは大事ですから。

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ここから生まれた、家族のような関係

高塚さんにとって初めてのことばかりでしたが、その歩みは着実に実を結んでいきます。
2025年6月にオープンした「自由室みちの」には、通うのを楽しみにする子どもたちはもちろん、高塚さんの思いに共感する大学生の仲間も増えました。

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活動に興味を持ってくれた大学生には、チューターとして滞在してもらっています。チューター自身も大学の課題など好きなことをしつつ、子どもたちの見守りや質問への対応をするといった役割ですね。

取材したこの日も、次々とチューターの皆さんが集い、子どもたちと一緒に宿題やゲームなどをして素敵な時間が流れていました。その様子は、まるで家族のよう。

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ある中学生の利用者の話なのですが、最初はすごく緊張していて、宿題でわからないことがあっても、チューターに質問せずにいたんです。それが、何回か通ううちに友達みたいな距離感でコミュニケーションをとるようになって。ここでは、子どもたちと大学生が、世代を越えた自然な関係を築けているんだと思います。

勉強も、おしゃべりも、悩み相談も。
それぞれが思い思いに過ごす「自由」な時間の中から生まれたつながりが、そこにありました。 

さらに、「自由室みちの」がもたらした変化は、これだけにとどまりません。 

学校にあまり行けていなかった子も、ここを利用してくれています。ある親御さんから「家から出られなかった子が、自分で外に出たいと思えるきっかけになってくれた」というメールをいただいたときは、とてもうれしかったですね。一人の人生を良い方向に導くことができて、「自由室みちの」としての存在価値を見出せたのかなって。

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お菓子をプレゼントするなど、うれしい仕掛けも

つないでいく、その思い

現在大学4年生の高塚さん。彼女が卒業した後、「自由室みちの」の運営はどうなっていくのでしょうか。

後輩のチューターに引き継いでもらおうと考えています。もちろん私も社会人として、資金繰りや経営の面などでサポートしていくつもりです。せっかく作った場所なので、ずっと残したいですし、大学生がここの顔として活躍していってほしいという気持ちです。
何十年もこの地域にお住まいの方が多いので、最初は「若い奴がこんなところで何をやっているんだ」という風に見られるのではないかと不安だったんです。でも、意外とそうではなかった。むしろ、「若い人がこの地域のために何かやってくれている」と、すごく興味を持ってくださったんです。「何やってんの?何屋さん?」って前のめりで。歓迎や応援をしてくれているのを肌で感じたし、とてもポジティブになれました。なので、これからを担う若い人には、恐れずにチャレンジしてみてほしいと思います。それを応援してくれる人たちは、必ずいる。世代を問わず必ずいるんだよっていうことを伝えたいです。

このプロジェクトにより、「自由室みちの」は多くの人の居場所となりました。
そして、高塚さん自身もまた、地域とのつながりの中で、新たな居場所を見つけたのかもしれません。 

高塚美羽さん画像_9

ここは「自由室みちの」。
その名前には、道の駅のように気軽に立ち寄れ、人が行き交う場所にしたいという思いが込められています。 
一人の大学生から始まった挑戦は、確かに根を張り、次世代へ受け継がれようとしています。

次に新たな一歩を踏み出すのは、あなたかもしれません。

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