水戸のお宝 世界最古の文献記録をもつ 大串貝塚【みとに出会う、みとで出会うvol.20】

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最終更新日:2013年10月29日 ページID:012890

11月1日号 水戸のお宝ー世界最古の文献記録をもつ 大串貝塚 

 

 奈良時代初期に編さんされた『常陸国風土記』(ひたちのくにふどき)には、巨人伝説とともに縄文時代前期(5000年以上前)の大串貝塚(国指定史跡)について記載されている。

 風土記とは、奈良時代に、地方ごとの特産品や土地の状況などを記録して、天皇に献上した報告書のこと。国を治めるための基礎データといえる。現在の茨城県の大部分である常陸国についてまとめたものが、常陸国風土記である。風土記は全国各地で編さんされ、50以上あったとされるが、現在まで伝わっているのは常陸国風土記を含め5つしかない。その貴重な資料に、大串貝塚や曝井(さらしい)などについての記載がある。

 大串は、海から陸へとつながる交通の要所だった。大串貝塚には海・陸両方の特徴がみられ、特に、汽水域に生息するヤマトシジミの貝殻がたくさん含まれている。貝塚は、その当時の人々の暮らしぶりを知るための貴重な手がかりになる。資源が豊富ということは、住みやすいということ。奈良時代にも多くの人が居住していたと考えられている。そこに広がる貝塚は、奈良時代の人々にとっても驚きであったに違いない。だからこそ、奈良時代に編さんされた文献に、縄文時代の貝塚のことが記載されているのだろう。

ダイダラボウ像

 大串貝塚の周辺は大串貝塚ふれあい公園として整備され、高さ15メートルの巨人像「ダイダラボウ」や貝塚の様子を見ることができる「貝層断面観覧施設」、縄文人の暮らしを紹介した「縄文くらしの四季館」などの施設がある。

貝層断面観覧施設内部 大串貝塚出土遺物 復元住居

 2013年は、常陸国風土記編さんの詔(みことのり)が出されてから1300年を迎える記念の年。古の風景に、思いを馳(は)せてみては。 。


(「広報みと」平成25年11月1日号掲載)

 

 ダイダラボウの向きの不思議

 公園内にあるダイダラボウの像は、公園に背を向けるような向きで座っています。公園のシンボルともいえる像が、どうして?

 常陸国風土記には、次のような記述があります。 


 平津(ひらつ)の駅家(うまや)の西一二(いちに)里に岡あり。名を大櫛といふ。上古(いにしえ)人あり。体極めて長大(たけたか)く、身は丘壟(おか)の上に居ながら、手は海浜の蜃(うむぎ)を摺(くじ)りぬ。その食らひし貝、積聚(つも)りて岡と成りき、時の人大朽(おおくち)の義(こころ)を取りて、今は大櫛の岡という。

(訳)古代、今の水戸市平戸町に、「平津の駅家」があり、そこから見て西の方一、二里のあたりに岡がある。ここを「大櫛」という。大昔、巨人がおり、岡の上にいながら手をのばして海浜の大蛤をほじくり出して取った。その巨人が取って食べた貝が積もって岡となっている。このため、貝が「大朽」の意味から今は「大櫛の岡」というのである。

(大串貝塚ふれあい公園のパンフレットより)


ダイダラボウの像は、この伝説のとおり、海のほうを向いて貝をとって食べるかのような向きで座っているのです。交通の要所であった場所を見守るようにも見えますね。

みなさんのオンリーワン、ナンバーワン

いただいたご意見から

・水戸ご当地アイドル(仮)の皆さん

・磯山純さん

・辻友紀子さん

ほか、人物にいただいたものが多くありました。たしかに、オンリーワン!その人にしかない魅力は、水戸の宝ですね。
ありがとうございました。
またお待ちしています。

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