水戸のお宝再発見(9)横山大観

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最終更新日:2012年1月1日 ページID:008341

文化勲章第一号
横山大観

 文化勲章の制度は、昭和12年に定められました。文化勲章は、科学技術や芸術など文化の発展に貢献した人に授与されるもので、11月3日の文化の日には、毎年皇居で文化勲章の授章式が行われ、例年その年の授章者が発表されると、世間の注目が集まります。
 制度が発足した昭和12年、最初の授章者が選ばれ、勲章が授与されました。この記念すべき第1号の受章者は9人で、このうちの1人が水戸出身の横山大観(たいかん)だったのです。受章者の内訳は、科学者が3人、文学者が2人、洋画家が藤島武二と岡田三郎助、そして日本画家が竹内栖鳳(たけうちせいほう)と横山大観でした。各分野から2~3人が選ばれたのです。

 このとき大観は68歳。その時点ですでに十分に人気と実力を兼ね備えていた大観でしたが、この受章によって、名実ともに日本を代表する画家として認められたことになります。そして、その評価は、それ以降、大観が没した後も変わることなく現在まで続いているといえるのです。
 なお、制定当時は、現在のように毎年授章者が選ばれるわけではなく、2、3年に1度のことだったので、その分授章者の選定は現在よりもいっそう厳しかったといえるでしょう。

 実は、大観は勲章をもう1つ受章しています。それは勲一等旭日大綬章で、大観が亡くなった昭和33年に贈られました。
さらに、大観の受けた栄誉という点で忘れてならないのは、茨城県の名誉県民の称号です。名誉県民の制度は昭和28年に定められ、昭和29年に、大観と板谷波山(はざん)(陶芸)の2人が第1号の名誉県民となりました。以来現在に至るまで、名誉県民になったのは、大観らを含めてたった5人しかいません。その意味でも、これは2つの勲章と並んで、たいへんな栄誉といえます。

(補足)この記事は、「広報みと」平成24年1月1日号に掲載したものです。
 

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