みとの水脈(11) 土浦亀城(建築家)

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最終更新日:2010年3月1日 ページID:005792

日本のモダニズム建築の先駆 土浦亀城

参考図書:『近代建築の目撃者』

 帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトの薫陶を受け、独立後は装飾性を排したモダニズム建築の傑作を残した建築家、土浦亀城は明治30年6月29日、水戸に生まれました。祖父の酒井喜雄は横山大観の父酒井捨彦の長兄で、亀城の父土浦市松は横山大観の従兄弟にあたります。

 父が関東都督府(関東州・南満州鉄道付属地の行政機関)に勤めたため、一家は満州の旅順に移り、亀城は小学校・中学校を彼の地で過ごしています。大正7年東京帝国大学工学部建築学科に入学し、在学中に先輩の遠藤新の紹介で帝国ホテルの現場事務所で働く機会を得ました。卒業後すぐの大正12年にライトに誘われ、夫人の信(政治学者吉野作造の長女)とともに、アメリカに渡り、ロサンジェルスや、ライトが事務所を構えたウィスコンシン州タリアセンで働きました。

 アメリカから帰国後は大倉土木設計部に入りますが、昭和9年に独立。事務所を構え、土浦亀城の自邸や今村邸などの「白」のスタイルの住宅や野々宮アパートなどの作品を発表し、注目を浴びました。この時期には、水戸徳川家の徳川圀順公爵邸の設計も引受けています。また、多感な時期を過ごした満州の新京に、昭和13年から6年間事務所を開き、満州国迎賓館や新京市長の官邸などの設計を行いました。

 亀城の設計は、特に個人の住宅の設計において、本領が発揮されたのではないでしょうか。それは、大学生のころに出会い、アメリカのタリアセンで亀城とともに建築を学び、仕事のうえでもパートナーとなった、信の存在なしには考えることができません。二人の生活を快適に、豊かなものとするための数多くの工夫を重ねた傑作の一つが、今も品川区に残る土浦亀城邸(東京都有形文化財)なのです。

(中央図書館司書 坂部豪)

参考図書:『近代建築の目撃者』佐々木宏編 新建築社

(補足)この記事は、「広報みと」平成22年3月1日号に掲載したものです。

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