展示室2

印刷

最終更新日:2013年2月1日 ページID:002650

焼夷弾の筒

焼夷弾は、日本の木造の家屋を焼き払うのに適しており、空襲の際には主力として用いられました。写真は、M69焼夷弾(ナパーム焼夷弾)で、筒の内部にゼリー状の油脂がつめられ、地上に着弾した衝撃により爆発し、高温の油脂が飛び散って燃え広がる仕組みになっていました。
水戸空襲では、これがM19集束焼夷弾に38本づつ束ねられて、B29爆撃機から次々に投下されました。昭和20年8月2日未明、市街地は一面火の海と化しました。

焼夷弾の筒

千人針

千人針は、1メートルほどの白布に、女性が出征兵士の武運長久を祈願して千個の赤糸の縫い玉をつくり贈ったものです。婦人会活動に取り入れられ、作り手は出征兵士の縁故者以外も含まれるようになりました。
千人針の起源は、大勢の人の祈願によって無事に帰還することができるとする合力祈願の考えがはじまりであるとされています。

千人針

衣料切符

戦時中から戦後にかけて、日常の生活物資は著しい品不足の状態となりました。そこで、日本政府は、配給消費の統制の一環として昭和17年2月から衣料品の総合切符制が実施しました。
これにより、衣料品を購入するときは、品代の他に決められた点数分の切符が必要となりました。

衣料切符

罹災証明書

罹災証明書は、自然災害で被害を受けたときなどに交付されるものですが、これは、空襲による戦災で被害を受けたことを証明するもので、当時の水戸市が発行したものです。
戦災の朝から県庁前や下市その他で罹災者に交付されました。この証明書により、配給その他の特典が与えられ、汽車も無料で乗ることができました。

罹災証明書

ピッケル

このピッケルは、市民の証言のページで紹介している、弘道館(注釈:江戸時代の水戸藩の藩校)の屋根の火だねをかき落とした際に実際に使用されたものです。弘道館正庁の庇の火は、この証言者のほか数名の方々の活躍により消火されました。

ピッケル

水戸市平和記念館へ

お問い合わせ先

文化交流課
電話番号:029-291-3846 /ファクス:029-232-9250

〒310-8610 茨城県水戸市中央1-4-1
業務時間:午前8時30分から午後5時15分まで /休業日:土・日曜日、祝日