• このエントリーをはてなブックマークに追加

近代の有名人

印刷

最終更新日:2008年3月12日 ページID:003119

豊田芙雄子(とよだ ふゆこ)1845年~1941年

女子教育者。水戸で生まれました。明治8年(1875),東京女子師範学校の教員として上京,翌年,付属幼稚園が開設されるとその保母となり,日本の保母第1号となりました。その後ヨーロッパに留学し女子教育を学びました。帰国後は各府県において初等・中等教育に従事し,明治34年(1901)に水戸高等女学校の教壇に立つなど,わが国の女子教育界発展に大きく貢献しました。

豊田芙雄子

横山大観(よこやま たいかん)1868年~1958年

近代の日本画家。水戸に生まれました。岡倉天心と共に日本美術院を創立。後に天心らと五浦に住み制作に努めました。その画風は雄大で魅力に富み,昭和14年日本画壇の第1人者として第1回文化勲章を受賞,昭和29年茨城県の名誉県民となりました。

横山大観

常陸山谷右衛門(ひたちやま たにえもん)1874年~1922年

19代横綱。水戸に生まれました。18歳で出羽海運右衛門の弟子になり,明治36年に横綱となりました。人格円満で,実力人気ともに無類。好敵手である横綱梅ヶ谷とともに,梅・常陸黄金時代を築きました。初めての国外興行など,相撲界の発展に功績を残しました。

常陸山谷右衛門

飛田穂洲(とびた すいしゅう)1886年~1965年

野球評論家。水戸に生まれ,水戸中学の三塁手として活躍しました。早稲田大学野球部監督を務め,「一球入魂」の名言を残しました。野球評論,随筆などに健筆を振るい,学生野球の父といわれています。

飛田穂洲

中村彝(なかむら つね)1887年~1924年

洋画家。水戸に生まれ,幼少年期に両親を亡くし東京へ転居。黒田清輝や中村不折などの指導を受け,洋画を学びました。病に苦しみながらも制作に打ち込み「エロシェンコ氏の肖像」や「老母の像」などの傑作を生みました。

中村彝

お問い合わせ先

観光課
電話番号:029-232-9189 /ファクス:029-232‐9232

〒310-8610 茨城県水戸市三の丸1-5-48 三の丸臨時庁舎3階
業務時間:午前8時30分から午後5時15分まで /休業日:土・日曜日、祝日